第79号(2012年10月30日号)
目次
一閑張りの作り方
<質問>
一閑張り(いっかんばり)の籠を作りたいと思っています。 作り方が書いてある資料はありませんか。
<回答>
下記の資料に記載がありました。
資料1 『茶道具手作り入門』淡交社, 1982
pp.168-170「一閑張干菓子器」の項
民芸品店にある籠や,魚,野菜などを盛る籠を使って,一閑張りの干菓子器を作る方法が,白黒の写真入りで掲載されています。
資料2 寺田昌道『柿渋クラフト』木魂社, 2000
pp.38-40「一貫張」の項
日本の民具として,生活の中で使われてきた様子や,作り方について記載されています。
参考
「一閑張り」について
資料3 『日本大百科全書 2』小学館, 1994
p.434「一閑張 いっかんばり」の項
「飛来一閑が創製した茶人好みの紙張り素地漆器。(中略)一閑張の考案者である飛来一閑(1578-1657)は寛永年間(1624-44)に帰化した明人で,西湖飛来峰下の出身であるので飛来を姓とした。茶人千宗旦が彼の作品を愛好し,塗師として登用した。(後略)」
資料2 p.38「一貫張」の項
「(前略)「一閑張」は竹製の籠に漆を塗ったもので,(中略)室町時代の僧今井一閑が愛用したので,その名がついたと言われています。一方,「貫」の字の一貫張は,竹製品の籠や笊などに和紙を何枚も重ね張りして,柿渋を塗った容器をさし,もともと四国の讃岐地方で呼ばれていたものが全国に広まったといわれています。(後略)」
<回答日>
2011/9/23
桜の木に刻んだ詩
<質問>
後醍醐天皇が隠岐に流される時に,オジマタカノリが宿に忍び込み,桜の木に刻んだという詩が知りたい。小学校のころ,唱歌にあった。
また,この詩の中の「范蠡」とは何か。
<回答>
1 詩について
児島高徳「天勾践を空しゅうすることなかれ ときに范蠡なきにしもあらず」
なお,人名の読みかたは「コジマタカノリ」でした。
下記資料に記載があります。
資料1 『みやびのけしき 古典傑作選』学習研究社, 2004
p.127 火坂雅志「”究竟の忍び”を駆使した児島高徳」の項
資料2 堀内敬三『定本日本の唱歌』 実業之日本社, 1970
pp.195-196「百四、児島高徳」に唱歌「児島高徳」の歌詞および解説があります。
資料3 金田一春彦 安西愛子『日本の唱歌 中巻』講談社, 1982
pp.52-53「児島高徳」に歌詞・解説・楽譜があります。
2 「范蠡」について
資料1 p.127に以下の記述があります。
「(前略)囚われの身となった天皇に対し,「越王勾践を救い出した范蠡のごとき忠義の臣が,必ずあらわれます。どうかそれまで,あきらめないで下さい。」と,励ましの言葉を伝えたのである。(後略)」
資料4 京都大学東洋史辞典編纂会『新編東洋史辞典』創元社, 1980
p.718に「はんれい 范蠡」の項目に以下の記述があります。
「前5世紀ごろ春秋時代の越王勾践のもとにいた忠臣。(後略)」
<回答日>
2009/4/23